IBM Research (コンピューティング)

AIとニューロ・コンピューティングの現在と未来

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近年、AIの進歩は目を見張るものがあります。その躍進のきっかけとなったのが、深層学習/ディープラーニングです。脳の神経細胞や神経回路網を模倣した数理モデル(ニューラルネットワーク)が、学習データから自ら学び、画像、音声、自然言語などの非構造化データへのAI適用を実用レベルへと一気に押し上げています。

一方で、大量の正しいデータで学習したAIは、その学習データに想定された状況を外れると高い精度を保つことが困難なため、AIは限られた狭い範囲での利用に限定されているのが現状です。現場では、「学習データが足りない」「結果を十分説明できない」「他のデータも活用して精度を高めたい」などの課題を抱えながらAI開発を行なっています。IBMでは、様々に変化する現実の状況において、より広く人の知的活動を助け、より多くの社会問題の解決に有用なAIを実現するため、最先端のAI研究を進めています。

実社会にインパクトのあるAI研究を目指す MIT-IBM Watson AI Lab

2017年、IBMはMITと連携し、10年間で2億4,000万ドルをAI研究に投資する計画を発表し、「MIT-IBM Watson AI Lab」を設立しました。2年後の2019年にはメンバーシップ・プログラムを発表し、持続可能な産学連携モデルへと進化しています。

この連携を通じて、IBM ResearchとMITの科学者が注目しているのは、次世代のBroad AI(広いAI)です。この分野はまだ始まったばかりですが、マルチ・モーダルなデータ・ストリームを統合し、より効率的かつ柔軟に学習し、複数のタスクやドメインを横断するAIシステムが登場するでしょう。AIの可能性を広げ、ビジネスや社会に大きなインパクトを与えると期待されています。

このラボでは、言語や視覚世界を理解するためのデータ駆動型の深層学習アプローチや、大規模なAIシステムをより効率的かつ堅牢にするための技術、信頼性が高くて社会的責任のあるAIシステムの研究に取り組んでおり、Neuro-Symbolic AI / Efficient AI / Natural Language Processing / Multimodal Learning / Generative Models / Explainability / Computer Vision / Graph Deep Learning / Causal Inference / Robustness / Time Series / Transfer Learning などをテーマに、50を超えるプロジェクトが進行しています。

ハードウェアの進化

AIが進化を続けていくには、ハードウェアも同時に進化していくことが求められます。これまで、AIモデルを学習し、AIワークロードを実行するシステムは、高帯域バスでCPUとGPUが接続された高性能サーバーや、専用のAIアクセラレーター、高速ネットワーク機器などを組み合わせて、性能向上を実現してきました。しかし、こうしたシステムが消費する電力は膨大で、データの増加/AIの利用拡大/AIの高度化に伴うワークロードの増加は、いずれも消費電力の増大に直結することになります。今、AI性能のスケーリングを加速し、AIを高度化させる新たなブレークスルーが求められています。

IBMでは、10年間で1,000倍のエネルギー効率を目指したオープンなコミュニティ『AI Hardware Center』を2019年に立ち上げました。毎年成果を出しながら、設立10年で1,000倍のエネルギー効率を達成することを目標に、日々の研究活動が展開されており、日本企業も複数参加しています。

AI Hardware Center

IBMは米国ニューヨーク州と提携し、州都のアルバニー市にグローバルな研究拠点「IBM Research AI Hardware Center」を設立しました。AIに最適化されたハードウェアのブレークスルーをさらに加速させるため、半導体関連企業、設計・機器メーカー、AI開発者、ユーザー企業などの業界パートナーが加わり、新しいエコシステムを構築しています。このセンターでは、材料、デバイス/プロセス、チップ、実装、アーキテクチャー、ソフトウェア・スタックなど、AIシステムを一から構築するための包括的なアプローチを行なっており、ビジネスと世界中の人々の生活を向上させる次世代のAIシステムへの道を切り拓こうとしています。

アナログAIコア

10年後の1,000倍のエネルギー効率を実現するため、現在のコンピューターの1万分の1の消費電力で動くと言われている脳にヒントを得て、脳を模したニューラルネットワークをハードウェアの設計に反映する研究を行なっています。データを保存するメモリーを計算回路に組み込み、不揮発性メモリーの抵抗値をニューラルネットワークの重みとすることで、基本的な多入力による積和演算を電気回路のアナログ処理で可能にし、計算の高速化と、計算効率の向上を実現させます。フォンノイマン型コンピューターのボトルネックを根本的に解消するアナログAIコアは、生物学と情報学を組み合わせた「Neuron : ニューロン」により情報を表現し、処理を行う、現在のコンピューターとは全く異なるコンピューティングを切り拓こうとしています。

デジタルAIコア

既存の半導体技術を応用した新しいアクセラレーターで、AI学習および推論の低精度化(計算量の削減)による高速化と消費電力の削減を実現します。今年8月に発表された、次期IBM Z / IBM LinuxONEに搭載予定のTelumプロセッサーには、この研究成果が採用されています。

異種統合

CPUやメモリー、アクセラレーターなどの異なるコンポーネント間の高速・広帯域接続を可能にするインターコネクト・ソリューションにより、AIシステムを最適化します。

AIテクノロジー・テストベッド

AIワークロードを高速処理可能なスーパーコンピューターを活用し、高度なAIモデルの学習とデプロイのために特別に設計された新しいAIコアの研究開発、プロトタイピング、テスト、およびシミュレーションを行います。

 


近い将来、エネルギー効率に優れたAIハードウェアは、AIの適用範囲をさらに拡大し、日々の生活の中でその恩恵を実感することができるでしょう。また、よりAIの高度化によって、企業は、異なる形式の知識を組み合わせ、因果関係を解き、新しい物事へも学習して対処できるAIをビジネスに活用できるようになると期待されています。これらのオープンな共創コミュニティーでは、最先端のAI研究成果を活用してみたいという企業の参加をお待ちしています。

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